最初に僕の心が壊れたのは2003年だった。大学を卒業してすぐに人形劇団の役者をしていて、右も左も分からない芝居職人の世界で気持ちが悲鳴を上げた。ストレスで右耳が聞こえなくなって”突発性低音難聴”と診断されて血便を出して夜間救急に運び込まれた。
次に心が壊れたのは2008年。400万円の借金が返せなくなってブラックリストに載った時。遊びになんか一切使っていなくて、全て”頑張るため”に使ったお金が返せなくなった。取り立ての電話やアパートの強制退去や、電気や水道が止まって真っ暗な中でロウソクに火をつけてすごした。100円のパンが買えないくらい人生が詰んでいるのに、お金を稼ぐために”成功してる僕”を演じる必要があった時。毎晩のように家の近くの川に行って、明るくなるまで川の流れを見ていた。
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ただ、ほとんどの人よりも死ぬほど”すみません”を言ってきたのも事実。だから僕は賢威性の自己ブランディングができない。自分を大きく見せることができない。相手の痛みを、同じかそれ以上に感じてしまうから、「これをするだけ」が言えない。「できない理由は痛いほどわかるから、できる可能性を一緒に考えよう」としか僕は言えない。
相手に伝えないけれど、気持ちの中で言わない一言がある。
『だって、まだ詰んでない。』
これを言うことで、ただでさえ頑張っている相手がどれだけ苦しいかわかるから言えない。
今どんなに頑張っていて、どんなに可能性を掘り下げてるか僕はわかるつもりだから言葉にできない。
けれど、僕の姿勢はここに終始してる気がする。
「まだ詰んでない。やれることはある」
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ブラックリストにも載ってなくて、電気も水道も止まってなくて、ご飯も買えて、抱きしめられる大切な人がいるなら、まだ詰んでない。
まだ、絶対にできることがある。
それを、今でも追いかけてる。
僕に相談してくださる全ての方に100%お役に立てていないのは、本当に申し訳ないと思います。すみません。
でも、この気持ちの価値を確認させてくれたのは
本郷 悠里 さんの、ゆうとくん(ワンちゃん)のご病気。
あまり詳しくは書けないけれど、テンパりながら「水野さんにしか相談できないと思って」と言ってくれた。
1ヶ月後に180万円の手術費用が必要だった。
「僕にできることをやります」と伝えた。
3週間後に、現金で182万円集まって手術を終えることができた。
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僕の手柄じゃない。ゆりさんの想いが伝わったから。
全てがうまくいくわけじゃない。カッコつけても失敗することは今でも山ほどある。
けれど、僕の基本姿勢は10年以上前から ずっと一緒。
「まだ詰んでない。やれることはある」
今も、それを追いかけてる。
今は、それを伝えたいと思い始めてる。
言語化はギフト。
届け思い。